2026年、GMTは20周年を迎えました
今では多くのお客様にご来店いただき、国内外のさまざまな時計を取り扱う店舗へと成長しました。
そんなGMTの歩みを振り返るために、少しだけ時計の針を戻してみようと思います。
当時人気だった時計のこと。
店頭の空気感。
お客様との忘れられない会話。
私たちの“あの頃の記憶”とともに、全4回にわたってGMTの20年を振り返ります。

第1回となる今回は、2006年の創業当時について。
毎日が手探り。
それでも、「もっと良い時計店にしたい」という想いだけは、スタッフ全員に共通してありました。
小さな店舗で始まったGMT
今では想像できないかもしれませんが、GMTは、ぶらんしぇビル1階(現マップカメラ本館)の限られた空間から始まりました。
現在と比べると驚くほどコンパクト。
接客スペースには小さなテーブルがひとつだけで、バックヤードも3畳に満たないほど細長い空間でした。
今のように高級時計がずらりと並ぶ店ではなく、当時は比較的リーズナブルな商品やヴィンテージウォッチも多く、良い意味で雑多な活気があった時代です。
現在の洗練された空気感とはまた違う、“町の小さな時計店”のような温度感が、そこにはありました。
“全員野球”だった創業当時
創業当時はスタッフの人数も少なく、限られた人数で営業を行っていました。
混雑時や人手が足りない時には、マップカメラからヘルプを呼びながら対応していたこともあります。
売上がゼロの日。
偽物の持ち込みへの対応。
慣れない業務に追われ、退勤が遅い時間になることも珍しくありませんでした。
決して順風満帆だったわけではありません。
それでも、日々の積み重ねの中で少しずつ店舗の形が出来上がっていきました。
2階への拡張をきっかけに、パテック フィリップやオーデマ ピゲといった名門メゾンの取り扱いも強化。
“町の小さな時計店”だったGMTが、少しずつ世界的な高級時計を扱う店へと変わっていく——。
その変化を間近で感じながら過ごした時間は、今振り返っても非常に濃密で刺激的な日々でした。

デカ厚ブームと、当時の人気モデル
2006年前後の時計業界を語るうえで欠かせないのが、“デカ厚ブーム”です。
現在とはまた違う存在感のある大型ケースが人気を集め、パネライは当時を象徴するブランドのひとつでした。
プレミア価格で取引されるモデルも多く、店頭でも非常に人気が高かったのを覚えています。
そして、ロレックス人気は当時から健在でした。
サブマリーナーやエクスプローラーなど、現在も支持され続ける定番モデルは、この頃からすでに高い人気を誇っていました。
あの頃ならではの景色
今だからこそ、「あの頃ならではだった」と感じることもあります。
例えば、2006年はパテック フィリップ ノーチラス 5711/1A が登場した年。
当時は中古が180万円前後で販売されていたこともあり、「なんであの時買っていなかったんだろう」と、今でも冗談交じりに話すことがあります。
また、狭いバックヤードですべての業務を行っていたことも、今振り返ると時代を感じるポイントかもしれません。
限られたスペースの中で、接客も、商品管理も、事務作業も、すべてをこなしていた日々。
今の環境を知っているスタッフほど、「よくあの環境でやっていたよね」と笑いながら振り返ることもあります。
お客様から教えていただいたこと
創業当時は、ヴィンテージの国産時計も取り扱っていました。
中でも印象的だったのが、熱心なSEIKOファンのお客様方です。
ご自身でオーバーホールを行うほど知識の深い方も多く、スタッフ側が驚かされることも少なくありませんでした。
専門知識や時計の奥深さは、お客様との会話の中で教えていただくことも本当に多くありました。
今振り返ると、GMTを育ててくださったのは、間違いなくお客様だったのだと思います。
20年経っても変わらないもの
立ち上げ当初の小さな店舗。
だからこそ、お客様との距離も近く、会話や接客のひとつひとつに支えられながら、少しずつ今の形になっていきました。
時計の知識だけではなく、「どうすれば喜んでいただけるのか」「どんな接客が信頼につながるのか」。
そのすべてを、お客様から教えていただきながら、GMTは成長してきました。
20年が経ち、店舗の規模も、取り扱う時計も、当時とは比べものにならないほど大きく変わりました。
それでも、「お客様に支えられ、教えていただく」という関係性だけは、今も変わっていません。
20年前に始まった小さな時計店は、多くのお客様との出会いに支えられながら、今日まで歩んできました。
次回は、10周年を迎えた2016年頃のお話を。
時計業界全体が大きく盛り上がりを見せる中、GMTがどのような変化を迎えていたのかを振り返ります。
















